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言の葉の庭

気になったので、DVDを借りてきて見てみました。

「言の葉の庭」というアニメの短編映画でした。

人それぞれいろいろな感想があると思いますが、

率直な感想は、あの女の人(雪野さん)はずるいなぁ、なんて。

あの作品を見てこんな感想が出てくるなんて、嫌な女ですね、わたしが。

以下ネタバレありです。



だって、教師をしていた学校で嫌な思いをして、行けなくなって、なんでだかわからないけど、同僚で彼氏だったっぽい先生と別れて、1人で新宿御苑でやるせなく過ごしていたところに、
学校さぼってるかわいい高校生の男の子がやってきて、
なんとなくその気があるような素振りを見せて、
案の定高校生は、自分に惚れてきて、
告白されたら、急に先生ぶって、はぐらかして、
それで高校生が、その場にいられなくなって、俺帰ります、
って帰った途端、今までなついていた猫が急に行っちゃったみたいに、
無責任に追いかけて、
高校生が、熱い言葉をぶつけたら、
抱きしめて泣いてさ。

なにそれ!ずるい!


しかも、実家に帰ってまた教師としてちゃんとやっていって、
高校生には手紙なんか送っちゃって。

あの高校生が大きくなったら、付き合うってわけ?

その間に良い相手がいたら、平気でそっちにいってしまいそうだよ。




と、もてない女のひがみ満載の感想でした。

どうしても、どんなに雨が美しく描かれていても、そこまで美しい話に思えなかった。
少年によって、あの人の心が晴れたのはたしかだけど。

わたしの心が美しくないからなのは明白ですね。
もう少し自分が違う状況だったら、違う感想になるのかもだけど。

わたしも、うまく歩けるようになりたいよ。
抱きしめて泣ける相手ならほしいよ。
愛されたら嬉しいよ。

でも、映像はとっても綺麗だったし、高校生の男の子が素直で熱くて、魅力があって、そこがとてもよかったです。
彼にグッときた。頑張れ少年。



わたしは、1人でも頑張って歩いてくんだ、と違う意味でポジティブになれました。



トータルリビング

今日観てきた演劇のことを忘れないうちに、と思って
今文章を書いてたんだけど、なんにもまとまらなくてうまく書けないので書き直す。

という内容でmixiに記事を上げて結局まだ書きかけなんだけどもうこれはこれでいいかな
と思ったので見てくれる人がいるのでこちらにも公開します。

宮沢さんが今、発表すべき演劇としてとても考えてこうなったということは伝わった。
もう印象だけ羅列する。
・今生きている現在、のわたし(たち)、の「生きている」こと「死ぬこと」に対する軽薄さ。
・忘却と、記憶の断片と、リアリティ
・リアルはどこにあるのか。スクリーン、演技、ビンゴ大会、日常品、会話
(とか箇条書きにするとすごくつまらない)
・問題提起しかないなぜなら現実の今という、現在の状況に物語のエンディングなんてないから。

1986年の夏と現在とあの世が交錯して、
劇中の劇と、現実と、バーチャル(スクリーンの映像)が交錯して

とにかく、気持ち悪いというか居心地悪かった。

今、わたしが社会に対して感じているけど感じないようにしている
気持ち悪さとか違和感を、逃げ場のない、
「劇場」という空間で、まざまざと見せつけられたような。

こんな文章じゃあチープすぎて、何が起こったかを伝えられない…。

宮沢章夫作・演出の「トータルリビング」
http://festival-tokyo.jp/program/TotalLiving/


さっき消したまとまらない文章↓(途中まででやめてるけど)

重低音のノイズと共に女の人が現れ、フラフラと、後ろの塀から落ちるところから始まる。
1986年の4月の四谷のビルから、1人の女性が屋上から自殺した。

そのビルの屋上で「欠落の女」と名乗る女が「忘却の灯台守」をたずねる。
舞台上にはビデオカメラがあり、そのビルに入っている映画学校の生徒たちが
実際にカメラを使って映像を写す。
それは後ろのスクリーンにリアルタイムで投影される。
(スクリーン上の映像と、今起こっている現象を同時に目にする違和感)

設定ではその映画学校の学生たちの劇ということで始まる。
「役者、自由に徘徊(だったかな)する」

役者が演技(?)をし出すが、真実なのか演技なのか、演劇の中の演技は真実なのか、わけのわからなくなる台詞回しが続く。

1986年の女が自殺した屋上だったはずがいつの間にか現在になっていて、
それでなんだかんだで、学生たちが「1986年に行きたい」と言い出して
「道を間違えないように行け」とか言われていつの間にか1986年の夏になっていた。
(吐き気と戦っていたのでよく覚えてない)

ここで「女が死んだ」
「死んだ」「死んだ」って皆死んだふりしたりしていた。
「死んだ」ということを言うときの中身のなさ。

第二部では
同じビルの屋上、1986年の8月に行われた、欠落のビンゴ大会。
(花火大会の時のパーティーだった)
何かが欠落したものしかあたらないビンゴ大会。

ビンゴの起源なんかがしかつめらしく説明されたり。
「リーチ!」だの「ビンゴ!!」だの言う時のおかしさが強調されたりした。

そこに来ていた高校生の女は1986年のバブルの申し子のような子で、
酒、ダンス(ディスコ?)六本木、ドラッグ。
なんかその子がおかしくなって、男たちに屋上から落とされた。

その途中でもちょいちょい映画学校の撮影のシーンが挿入された。

第三部では場面は南の島。
映画学校の先生で出てきてた男が行きたがっていた場所。

そこでまた

ジパング展

昨日は駆け込みで日本橋高島屋で行われていた
ジパング展に、仕事の前に行って来た。

参加作家が多いのでヘビィな感じを予想してたんだけど
どの作家の作品も1、2点でわりとライトなものが多くて、楽しく見れる内容だった。

日本の現代アートは世界の現代アートシーンからあまり相手にされていない
というような話しを聞いたことがある。
(アジアだと、中国、タイなどの現代アートが人気があるらしい)

かつては「ジャポニズム」という美術運動があったくらい、日本は独自の芸術文化をもっていた。

明治時代の西洋化によって、日本画より西洋画が主流になって
学校美術の教育の現場でも、西洋画ばかりだった。わたしの小中高の時代までもそうだった。
日本画のことなんて学校で全く習わなかった。

そんなわけで前置きが長いけど
わたしたちのような世代の人々は「日本の芸術」てどういうものなのかいまいちわかっていない。

浮世絵?掛け軸?

ただ日本の文化は今まで「芸術」として認められてこなかった場所でたしかに「日本らしさ」を育んできた。
それが今のわたしたちのような若者の文化なんだと思う。
漫画アニメに見る美少女とか。中身のないエンターテイメントとか。
人と争いたくない傾向とか。
どこかで自虐的で自分を解放できない感じとか。

なんかそういうものと、かつてジャポニズムと言われた正統派の日本美術と
昭和〜今までに起こったさまざまな社会運動の融合。

そんな風な特長が今の日本の現代アート
(というか今回の「ジパング展」の打ち出した日本の現代アート代表)
なのかなって思った。

心に残った作品をいくつか覚え書き。
残念ながら作品リストがもらえなかったので(図録を買えと言われたw)
作品タイトルを忘れちゃったものもあるけど。

○会田誠は全然好きじゃないけど、今回展示されていた「大山椒魚」を見て
 絵〜上手いんだなぁと思った。笑
 思っていたよりずっと大きい絵だった。
 このサイズで少女の裸体を描くってやっぱり変態だよね。

○鴻池朋子の本に映像が映し出されている作品がとてもよかった。
 蜂少女とモフモフくんと、足の6本ある狼。
 少女の心の中の世界。

○束芋の「にっぽんのちっちゃい台所」。束芋こわい。
 この人って、にっぽん嫌いなの?
 外人的な日本の中傷みたいでちょっと嫌。

○近藤聡乃のアニメーションは、妖しいけど可愛い。
 やっぱおかっぱよね。

○今回始めてみたけど、渡邊佳織の作品が一番好きだった。
watanabe
「開け心」

 伝統的日本画の材料とかで描かれていて、全体的な雰囲気も好きだし。
 とくにこの「開け心」はなんか「はっ」とするような感じがした。
 サーっと、して清々しい気持ちになった。
 (折り紙の鶴たちが、思い思いに飛んでて、変な格好なのとかあるところも良い◎)


歴史的背景に基づいた作品は個人的に勉強不足でなんともよくわからないのでパスした。
結局自分は勉強しなきゃわからない作品ていうのはあんまり好きじゃない。
とうことで。

まとまり悪くてすみません。

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