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トータルリビング

今日観てきた演劇のことを忘れないうちに、と思って
今文章を書いてたんだけど、なんにもまとまらなくてうまく書けないので書き直す。

という内容でmixiに記事を上げて結局まだ書きかけなんだけどもうこれはこれでいいかな
と思ったので見てくれる人がいるのでこちらにも公開します。

宮沢さんが今、発表すべき演劇としてとても考えてこうなったということは伝わった。
もう印象だけ羅列する。
・今生きている現在、のわたし(たち)、の「生きている」こと「死ぬこと」に対する軽薄さ。
・忘却と、記憶の断片と、リアリティ
・リアルはどこにあるのか。スクリーン、演技、ビンゴ大会、日常品、会話
(とか箇条書きにするとすごくつまらない)
・問題提起しかないなぜなら現実の今という、現在の状況に物語のエンディングなんてないから。

1986年の夏と現在とあの世が交錯して、
劇中の劇と、現実と、バーチャル(スクリーンの映像)が交錯して

とにかく、気持ち悪いというか居心地悪かった。

今、わたしが社会に対して感じているけど感じないようにしている
気持ち悪さとか違和感を、逃げ場のない、
「劇場」という空間で、まざまざと見せつけられたような。

こんな文章じゃあチープすぎて、何が起こったかを伝えられない…。

宮沢章夫作・演出の「トータルリビング」
http://festival-tokyo.jp/program/TotalLiving/


さっき消したまとまらない文章↓(途中まででやめてるけど)

重低音のノイズと共に女の人が現れ、フラフラと、後ろの塀から落ちるところから始まる。
1986年の4月の四谷のビルから、1人の女性が屋上から自殺した。

そのビルの屋上で「欠落の女」と名乗る女が「忘却の灯台守」をたずねる。
舞台上にはビデオカメラがあり、そのビルに入っている映画学校の生徒たちが
実際にカメラを使って映像を写す。
それは後ろのスクリーンにリアルタイムで投影される。
(スクリーン上の映像と、今起こっている現象を同時に目にする違和感)

設定ではその映画学校の学生たちの劇ということで始まる。
「役者、自由に徘徊(だったかな)する」

役者が演技(?)をし出すが、真実なのか演技なのか、演劇の中の演技は真実なのか、わけのわからなくなる台詞回しが続く。

1986年の女が自殺した屋上だったはずがいつの間にか現在になっていて、
それでなんだかんだで、学生たちが「1986年に行きたい」と言い出して
「道を間違えないように行け」とか言われていつの間にか1986年の夏になっていた。
(吐き気と戦っていたのでよく覚えてない)

ここで「女が死んだ」
「死んだ」「死んだ」って皆死んだふりしたりしていた。
「死んだ」ということを言うときの中身のなさ。

第二部では
同じビルの屋上、1986年の8月に行われた、欠落のビンゴ大会。
(花火大会の時のパーティーだった)
何かが欠落したものしかあたらないビンゴ大会。

ビンゴの起源なんかがしかつめらしく説明されたり。
「リーチ!」だの「ビンゴ!!」だの言う時のおかしさが強調されたりした。

そこに来ていた高校生の女は1986年のバブルの申し子のような子で、
酒、ダンス(ディスコ?)六本木、ドラッグ。
なんかその子がおかしくなって、男たちに屋上から落とされた。

その途中でもちょいちょい映画学校の撮影のシーンが挿入された。

第三部では場面は南の島。
映画学校の先生で出てきてた男が行きたがっていた場所。

そこでまた

コメント

[C17] 混沌としてますね

混沌としてますね。これが現代演劇かー。死に対する関心というか、逃げ場のなさは、すべての人に共通すると思う。ので、ここまで過剰な表現も、わかる気がします。実際見てみたい。しんどそうだけど。結末がどんななのか知りたい。デヴィッドリンチの映画を思い出しました。
  • 2011-10-21 13:00
  • おんくん
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