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動物を犠牲にするということ

うーむ、今日はまだ少ししか勉強できてない。

銀の匙を見てたら、獣医の適性について
「殺せるかどうかだ」
というセリフが出てきて、またもやそのことについて考え込んでしまった。
一度は、今考えても仕方ないから、入ってからやってみないとわからない、と思っていたのですが。


・獣医は、人間のための職業である、
・獣医学を学ぶ過程で、健康な動物を殺すことが含まれる

ということは、もう理解してはいるつもりです。

健康な状態を知っていないと、治療もなにもできない、
そのために、獣医師になるために動物の犠牲はやむ終えない。
また、獣医師になっても、特に経済動物は、人間の利益にならない場合
殺さねばならず、その仕事を担うのは主に獣医師だということ…。

このような事実は、事実として受け入れられてます。

そうやって、人間は動物を家畜として利用してきたのだから、
獣医師の第一義的な役割はそこにあって当然でしょう。

ペットだって、人間の癒しのために、その命を利用されていると思っています。
ただ、ペットが家畜と違うのは、「殺されない・食べられない」ということじゃないでしょうか。
畜産農家の方だって、どうせ食べるのにどうして…というほど、牛をかわいがっていますよね。
(テレビやインターネットで見たので、一面かもしれないですが)

わたしは、人間のための犠牲とも言えるペットを肯定するために、
人間とペットとより幸せな関係を目指すための、獣医師になりたいと思っています。

獣医師を目指す理由は、自分の生き方として、というところが大きいです。
単純に生き物や病気の治療に興味があるのもあります。


ただ、1つ気になるのが、その殺し方…。
ネットでいろいろ調べると、「安楽死」という言葉が使われているけれど、
その実は、「安楽」ではないという意見もある。

「動物を殺したくない人は獣医師を目指すな」
「獣医師は動物の医者ではない」
と書かれたサイトもある。

「獣医師に憧れている若いあなたへ」というサイトだけど、
たしか、高校生の時の若いわたしは、このサイトの言葉を鵜呑みにして
自分の頭で考えずに獣医を諦めた(原因の一つ)。

今読むと、この書いた方も、生体実習でそうとうな辛い思いをされて、
それでも動物が好きで、戦っている方なのだと思う。


今ではここに書かれていることをすべて鵜呑みにするということはないけど、
やはり不安にはなる。

実習のために、健康な動物を殺すことが、自分にできるのか。

そして、実際のところ、そのような機会はどのくらいあるのか。
具体的にどのような方法で殺すのか。
動物は苦しみを見せるのか。


必要性の有無を言いたいのではないです。
もちろん、欧米、北欧のように代替法や、献体がもっと普及すればいいけど、
今の日本で学びたいと思っている以上、難しいと思うので…。

わたしは、甘いですかね。
今は考えすぎないで、入学してから向き合えばいいのかな。




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